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Posted by 浜田島制作委員会
 
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浜田島の後日譚その2
5-085

2010年になって〈浜田島〉の2回目の開催を諦めかけていた頃に、中之島BANKSの話が舞い込んできたのは3月の中旬だったと思う。7月頃に開催出来れば理想的だったけれど、6月以降では中之島BANKSの限られたスペースしか使えないことが分かり、仕方なく5月下旬の開催を決定したのが4月に入ってからだった。考えてみると、良く間に合ったものだと思う。時間が無い中で、全てのパーツが最後のひとかけらまでピタリと収まったのには驚きだった。開催前日の深夜に全ての設営が終わると、中之島BANKSは、まるでこの〈浜田島〉のためにつくられた施設のようでした。
  (田島照久)
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Posted by 浜田島制作委員会
 
[THE HAMADA ISLAND NEWS
浜田島の後日譚その1
〈浜田島〉は、ぼくの名前が田島ではなくて田川や田村や田中だったとしたら実現しなかったと思います。斎藤や鈴木だったとしたら思いつきもしなかったでしょう。
あまり信じてもらえませんが、この企画は、些細な言葉遊びから始まったものなんです。遡ること5年くらい前の話ですが、なんとなく浜田と田島の造語で浜田島という言葉が浮かんで、その言葉がキーワードとなって、そこから発想出来ることで、何か面白いことが出来ないかなと思ったわけです。そのときはロードアンドスカイの高橋さんに、漠然とした話をしたくらいでした。それから暫くして、たまたま、横浜赤レンガ倉庫のギャラリースペースを覗いた瞬間に、しっかりとしたアイデアとして浮かび上がってきたのです。その海辺のレンガ倉庫の空間を使って、浜田省吾のロックをインスタレーションする事こそが、この浜田島のテーマではないかと思い当たったわけなのです。ひとつの言葉から大きなイベントに発展したことを思うと、いまでも不思議な気持ちがします。
     (田島照久)
Posted by 浜田島制作委員会
 
[THE HAMADA ISLAND NEWS
浜田島II 雑感
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ショップは本当に街に在りそうな出来映えでした。

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最後の入場者が帰られたあとに、翌日の打ち合わせをしているスタッフです。

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今回は「デジタル・ハマダジマ」も展示してみました。携帯端末に向けての新たな配信画像や配信映像を予定しています。iPadが間に合わなかったのが残念でした。

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「浜田島II」の開催にあたっては各方面の方々に大変お世話になりましたが、主催して頂いた夢番地さんによると、決まった後でも開催が危ぶまれたことがあったそうで、見えないご苦労は多くの方の尽力によるものでした。スタッフのみなさんがこのような複雑な企画を、なんとか実現に向けて頑張ってもらえたお陰で、今回の成功があるのだと痛感します。

それにしても、会場で見かけた多くの人が楽しそうだったのが何よりでした。Thesedaysの再現スタジオで静かに魅入っている方、ショップで賑やかに買い物をしていらっしゃるグループ、夜のギャラリーで語り合いながら観ているカップル、などなど、思い思いの楽しみ方はこの会場ならではで、どの方々も会場に溶け込んでいるのが印象的でした。

この「浜田島II」の会期中は大阪に長く滞在することが出来て、すっかり大阪が好きになりました。こんどはプライベートで遊びに行きたいと思ってます。
   (田島照久)
Posted by 浜田島制作委員会
 
[THE HAMADA ISLAND NEWS
最終日の深夜
2-634

最終日の深夜、作品の撤収が済んで、名残惜しそうに会場を去るスタッフのひとり。その後ろ姿に、思わず、またやろうね、と声をかけたくなりました。
しかし、奇麗なところですね。こうしてみると本当に良い会場でした。(田島照久)
Posted by 浜田島制作委員会
 
[THE HAMADA ISLAND NEWS
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