ありがとうございます。
この週末にかけて「浜田島」に来て頂いた沢山の方々、ありがとうございます。

始まってすぐにグッズのことで不手際が多く、ご迷惑をおかけしましたことを、申し訳なく思います。グッズに関しては、その数量や販売方法を決める立場ではありませんが、みなさんに不快な思いをさせてしまったことに心を痛めています。関係者のひとりとしてお詫び申し上げます。いったいどれだけの人が入場して頂けるのかは、関係者でも予測がつかなかったとはいえ、ほんとに申し訳ないです。


ところで、浜田くんからの提案で、主だった作品にキャプションをつけることにしました。考えてみたら開かれた展覧会ですから、作品内容の手引きとなるようなものは確かに必要だと思います。今日から図録の別冊に書いたものを、いくつかの作品の横に掲示しています。

今日は、ほんとに久しぶりにゆっくりしています。家のものから、ずっと寝てばっかりね、と言われてます。眠っても、眠っても、すぐに睡魔が来ます。しかし、これって、実は歳なのかもしれません。こんなに大規模になってしまった「浜田島」に限っては、もう来年では体力的に出来なかったかもしれません。

話は変わりますが、ぼくが大学に入って最初に住んだところは、上京した際に世話になった叔母が東横線の白楽に居た関係で、神奈川大学の正門の前の道を少し上がった4畳半の下宿でした。その話をずっと前に浜田くんにしたところ、ひょっとすると神奈川大学に通っていた浜田くんが一時住んでいたのも同じ下宿かも知れないと言うことでした。ぼくの大学は遥か離れた世田谷の等々力にあったので、もしそうだとしたらこれ以上の奇遇はないのかもしれません。その数年後に、同じ下宿に住んでいた知らない者同士が再び巡り会った不思議さを感じます。
赤レンガ倉庫に関しては、その叔母(故人)も画家でしたから修復前に良くスケッチをしていたのを覚えています。そんな訳で、ぼくにとって横浜はとても馴染み深いところなのです。

「浜田島」をこの先ゼロにするつもりは有りません。この「浜田島 The Hamada Island」とは新らしい島を発見したようなものだと思っています。今回の展覧会はそのひとつなのかも知れません。個人的には、この先も「浜田島」という名のもとで、また何か面白い事ができたら良いだろうな、と思っています。
グッズも本格的にデザインしたのは久しぶりでした。浜田くんもとても気に入ってくれたので、もっともっと魅力的なグッズをこの先もつくっていくことは可能です。なんと言っても30年に及ぶアーカイブスがありますから、揺るぎないものを提供できるのではと思います。そんなわけで「The Hamada Island」は、いろんな可能性を秘めている気がします。

もちろん、この展覧会が横浜以外でも、出来るだけ同じかたちで開催できる日が来ることを、浜田くん共々願っています。

そう言えば、水谷公生さんが、自然な感じの浜田くんの映像が素晴らしい、と言ってました。これはホントに嬉しかったですね。
 
「浜田島」まだ始まったばかりです。今後もよろしくお願いします。
         
                      田島照久
Posted by 浜田島制作委員会
 
[THE HAMADA ISLAND NEWS